科学的思考の必要性と生涯教育

全ての疾患において、治療は自然歴を知らずにはありえません.大きな腫瘍だから、血管が狭いから、組織が癌だからということで手術や侵襲的な治療がなされています.しかし、その所見は確実に進行するのでしょうか.

例えば、早期癌は本当に放置すれば進行癌になるのでしょうか?なるなら、どのくらいの率で何年を要するのでしょうか?内視鏡の発達で高齢者でも胃のスクリーニングされることが多い現在では、手術合併症が少ないので胃癌が見つかればすぐ手術がなされます.

心筋梗塞発症の数カ月前の冠状動脈造影所見をみることが多くなってくると、心筋梗塞は軽度の狭窄病変が100%閉塞に進展し、発症するという結論になります.無症状であるが有意狭窄のある症例に心筋梗塞の予防ということを大義名分にしていた初期の大動脈ー冠動脈バイパスは間違っていたということになります.経皮的冠血管拡張術(PTCA)が施行できなかった時代に、不安定狭心症で責任血管の狭窄が強くとも1ー2カ月後にはには狭窄が軽度になっている例も少なくありません(今ではそのような症例にはPTCAを施行するので慢性期に狭窄が少なかったのはPTCAのおかげだと思っている).自然歴をみるためにくじ引きテストでふりわけて、放置することは人道的に困難です.しかし、本当に手術等を施行することがその自然歴を変えるのでしょうか?我々は、できるだけ科学的に論じる癖をつけることが必要です.

しかし、一方で、科学的に分析し統計的な有意差ということは臨床で本当に大切でしょうか?コレステロールの治療について考えてみましょう.メバロチンを服用しコレステロールを下降することで5年間に20%の死亡率が減少するというデータでは、元来イベント発生数が5年間で7%と少ないので5年間にわたり約3000人の治療をして80人が助かったという計算になります.治療が必要な患者数(NNT:number needded to treat)は5年間で約40名になります.この程度の死亡率では、薬を服用することによる死亡率、合併症率の低下を体感できません.このような程度の差しかないなら統計的に有意であっても臨床的にあまり意味がないかもしれません.

現在の日本では、患者が医療機関を受診しているにも関わらず、担当医が専門外であったため適切な初期治療がなされなかった例が多く見られます.多くの専門医は、専門外であるこのような見落としを恥とは思いません.しかし、時にこの診断・治療の遅れが致命的になることもあります.この初期治療の判断ミスを少なくする方が、統計的な有意差をもつ治療を行うことより、疾患全体の死亡率、有病率、合併症率においてはるかに有用と考えます.

私自身、内科の研修会等で学んだ、例えば気管支喘息の吸入ステロイド治療法を自分の患者に応用し、多くの外来患者に感謝されています.その他、研修会で学んだ専門外の知識を応用することで、明らかに自分の患者が恩恵をあずかったという実感がもてます.医師が無知であったため、適切な初期治療を受けれなかったという事例をなくすためにも、基本的な知識を全ての医師にもてるような卒後教育の方は大規模試験よりもっと重要と考えます.

私たち内科専門医は、科学的な思考を持ちつつ、自分の専門外においても日常診療に役立つことについて積極的に生涯教育を企画・参加し、各科の基本的な事項を理解し、自分の専門以外でも、その時代に応じた適切な初期治療の判断ができるような努力が必要であると思います.